神の愛を感じて元気が出るブログ

私が神の大きな愛を感じた言葉や出来事です。

神が人を救おうとされる理由…その2

神は人を救おうとされる。それは、神にとって私たち人間が全員、霊の実の子どもであり、神が私たちを無条件に愛しておられるからだ。人類史上最も極悪非道の者をさえ、神は愛しておられるのだ。私のような弱く愚かな者も含め、神が人を救おうとされるのは、ただ神が愛にあふれたすばらしい御方だからだと思っていた。


でも、ある朝、教会指導者の話を読んでいて、もう一つ理由があることがわかった。それは、私たち自身が救われるに値するだけの価値を秘めている、ということだ。こう書かれていた。


「わたしたちは全能の神によって造られました。神は天の御父であられます。わたしたちは文字どおり神の霊の子です。わたしたちは,きわめて貴く,高純度に精錬された上質の素材でできており,そのため内部に神性を構成する要素を持っています。

しかし,この地上において,わたしたちの思いや行いは,堕落した,清くない,不純なものに妨げられます。この世界のちりと汚れがわたしたちを汚し,自分の生得権と目的を認識し思い出すのを阻みます。

しかし,その全てをもってしても,わたしたちが本来何者であるかを変えることはできません。わたしたちに本来備わっている基本的な神性は残ります。そして,心を愛する救い主に向け,弟子としての道に足を踏み出したとたん,奇跡的なことが起こります。神の愛が心にあふれ,真理の光で思いが満たされ,罪を犯す望みが消え始め,これ以上暗闇を歩きたくなくなるのです。」

(ディーター・F・ウークトドルフ「主はあなたを肩に乗せて家に連れ帰ってくださるでしょう」より)


人間も動物も植物も、子どもは将来親のように育つ素質とDNAを持っている。だから、人間が神の子どもなら、人間には霊の親である偉大な神のようになる素質が眠っているはずだ。私はいつも自分自身を価値のない者だと考えがちである。しかし、神は私たちのことを、救い主イエス・キリストの命を犠牲にしてまで救う価値のある者だと見ておられるのだ。そのことをいつも覚えていられたら、私ももっと前を向いて生きていけるんだろうなぁ。